40代、50代からのバス、タクシーへの転職のススメ

45歳から52歳にかけて、ブラック会社での営業社員、タクシー運転手への転職を経て、路線バス運転手への転職を果たした私の実体験と、路線バス運転手、タクシー運転手の日々の仕事をご紹介しています。 ブログ(最新記事更新中)も見てね。

ブラック会社で生き残る事はできたのか

私は恥ずかしながら、2度のブラック会社勤務を、1度目は半年、2度目は3年で辞めてしまいました。

今でも辞めた事を後悔はしていませんし、生き残った方がよかったとも思っていませんが、生活が少し安定した今、どうかしたら生き残る事ができていたのかを、改めて考えてみたいと思います。
そのためには、なぜ続ける事が出来なかったのかを今一度振り返ってみることにします。

勤務時間

1社目9時~23時、2社目7時~23時が平均した勤務時間でしたが、締め日前や月報作成時には日付が変わってから会社を出る事もよくありました。
帰って寝るだけどころか、風呂にも入れず、朝シャワーで簡単に済ませる事も度々でした。
睡眠時間も短くなり、体力的にも厳しかったのですが、実はこれらの事は我慢できたと思います。

我慢できないと思った事は、家族とのコミュニケーション、特に子供とのコミュニケーションが殆ど取れないという事でした。

休日

1社目、2社目とも規定上は毎週日曜日と隔週土曜日でしたが、実質は1社目が月3~4日、2社目が月1~2日でした
もちろん進んで出勤するわけではないですけど、休めないんですよ。
これはその場の雰囲気に浸ってみないとご理解いただけないかもしれませんが、マインドコントロールされてるみたいになるんです。
正論なんて、言えなくなってしまうんですよね。
親戚の冠婚葬祭にも出席できませんでした。

上手く説明できませんけど、パワハラによる恐怖感と、自分自身の成績の後ろめたさが入り混じったような感情に支配される感じかな

こんな感じなので、貴重な休日に家に居ても、頭の片隅には常に会社の事が引っかかっていて、ゆっくり休めるような精神状態ではなかったですね。
だから、家族と遊びに行っても楽しくなかった。
これはボディーブローのように効いてきて、だんだん我慢できなくなって行きました。

給与面

昇給も、ボーナスも、残業代も、休日出勤手当も無かったけど、休日のところで書いたように、正論が言えなかったです
でも、1社目も2社目も毎月の支給が滞る事は無かった。

給与面については、これで仕方ないと割り切っていましたね。
家内が働いてくれていたので、なんとかもったようなもんですけど。

仕事の内容

これはブラック会社ということとは直接関係無いですが、続けられないと思った大きな要因の一つでした。
電話営業や飛び込み営業では、必ず早い時期に一度すべての市場に行き尽くします。
そうすると、また同じ市場を最初から営業し直すことになり、これを繰り返すことになります。

これは、営業をする上では当たり前のことではあるのですが、特に1社目に関しては数少ないリスト先に入れ代わり立ち代わり電話営業をする毎日であり、本当に辛かったです
売り物である商品も品質が劣るうえに膨大な利益が乗せてあり、罪悪感にも苛まれました。


以上が、私が会社勤務を続ける事が出来ず辞めてしまった要因となる項目ですが、改めて列挙して振り返ってみると、結論として、やはり私にはブラック会社で生き残るすべは無かったのかなと思います。


付記ですが、1社目、2社目のブラック会社には共通する点がありました。
ひとつは、どちらにも絶対的独裁的な権力者・トップがいて、全社員に睨みを利かせていた事です。1社目は若い社長、2社目は創業者である会長でした。

もうひとつは、どちらでも何かと精神論が語られることが多かった点です。
マインドコントロール状態は、これらが影響していたのかもしれません。



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